吉澤弥生さんには、わたしが大阪のアートNPOでスタッフをしていた大学院生の頃から、社会学と人類学として研究室は異なるものの、いま起こっているアート実践に対して社会科学的な視点からどのようにアプローチできるのか、その難しさや可能性について多くの示唆をいただいてきた。吉澤さんの『芸術は社会を変えるか』(2011、青弓社)は、社会的な意識のつよい若手のアーティストたちによる実践と大阪の文化政策や労働、アクティヴィズムとの関係性を現場から考察した研究として、そして当時行われていたことの記録として、アートの実践者、関係者からも高く評価されてきた。今回のインタヴューは、オンラインとはいえ数年ぶりに会って話を聞いたり聞いてもらったりするなかで、インタヴュアーという自分の役割を忘れて思わず脱線してしまう場面も少なくなかったが、コロナ禍を通して吉澤さんがアートの現場の何を問題としてとらえているのかはしっかりとお聞きすることができたと思う。

吉澤さんはずっと、アーティストやアートに関わる人が生活者として、どういうふうに暮らしているのか、生計を立てているのか、どういうことに困っているのかを追いかけてこられました。コロナ禍では、京都のアート関係者の活動状況調査にも携わっておられましたが、調査を通して浮かび上がってきた実態について吉澤さん自身が驚かれた点ってありましたか?やっぱりな、という感じでしたか?
まずこの京都市の調査は、2020年の4〜5月頃からうごき始めたんですね。
(アンケートの回答期間は2020/5/7-20の14日間、インターネット調査、一部郵送調査)

早いですね。緊急事態宣言が出て間もないですね。
そうなんです。アートアドミニストレーターの樋口貞幸さんから声をかけて頂いて、ニッセイ基礎研究所の大澤寅雄さんともご一緒に、チームでアンケート調査の設計と集計などを行いました。アンケートは活動分野からコロナ禍での仕事や生活の実態、市の政策に望むことなど幅広い内容でしたが、いくつか自由記述欄があって。そこには収入が途絶えたり表現活動ができなくなって苦しむ芸術文化従事者の声が、それはもう本当に膨大な分量、書かれていたんです。

書いてくれるんですね。
そうなんです。ただ、そうしたテキストをたくさん読んで集計するという作業は、精神的にも時間的にも辛いものでした。今思えば、大学も混乱していた時期で私自身も余裕がなかったんだと思います。ちなみに京都市はアンケートを5月に一回と[京都市によるコロナ禍での芸術文化活動助成]事業が終わった2月にもう一回行っています。実態調査を制度設計に活かすということですね。いずれも報告書になっています。

他の自治体でもいくつか実態調査が行われていたと思いますが、京都市の場合はすごく綿密な調査だったんですね。
そうですね。同じ時期に福岡市や札幌市でも実態調査がありました。ただそれも、自治体の旗振りというよりは、地元で長く活動しているNPOなど民間の人たちがはたらきかけたり自主的に調査したりという形でしたね。民間と行政で文化事業を協働で行なった経験があるような自治体は初動が早かったように思います。あとは、やっぱり場所があると強いですね。京都はそのひとつで、京都芸術センターの存在が大きかったのかなと思います。

場所、というと物理的な建物とかスペースという意味ですか?
そうです。相談窓口をそこに設置して、例えば助成金に申請するときの質問を受けつけたり、その後はよろず相談所みたいになっています。(京都市文化芸術総合相談窓口
あとHAPS(東山アーティスツ・プレイスメント・サービス)でも、京都市内で活動するアーティストの各種相談を受け付けています。
HAPSについては、同年度に文化芸術活動を行う福祉施設に着目したコロナ禍の状況調査を行なっていて、こちらも報告書が出ています。
京都市はいろいろ事業をしていますが、相談事業、政策と現場のマッチングに注力しているのが特徴的ですね。助成金の使いみちについても、例えば、文化庁によるARTS for the future!の助成金から申請者の生活費は支出できませんでしたが、京都市の助成金はよりは柔軟でした。

そこが一番、生死に関わるところで大切ですよね。ほかにどういう自治体が芸術文化分野の現状調査をしていたのかなと思って調べてたのですが、横浜市*1とか東京*2に同様の例がないのは意外だなと思いました。

*1横浜市は、相談窓口YES(Yokohama Emergency Support for the Arts 文化芸術創造都市横浜・臨時相談センター
を含む「横浜市内のアーティスト等、文化芸術活動支援」プログラムを設けている。
*2東京都は支援事業として舞台芸術の録画配信および動画作品の発表のために「アートにエールを!東京プロジェクト」を設け専用サイトで配信している。

ご質問に戻ると、調査結果に対しては驚いたというよりやはりそうだったかという印象が強いです。正規雇用であれば保障される収入や手当がない、そもそも雇用がぱたんと途絶えてしまう不安定就労のリスクがもろに現れました。あとは、芸術文化従事者がその仕事を職業として社会的に証明することの難しさですね。例えば確定申告の書類があると自分の仕事と行政の関わりを示せる訳ですが、そういった機会や経験がない人は、自分はアーティストですということを社会に証明する手立てがなくて困ってしまう。家事育児と両立しながらやれる範囲で制作活動をつづけているような女性とかね。

主婦になっちゃうから。
そうです。これもコロナ禍以前からの問題ですが、ジェンダーによる影響も見逃せません。ただそもそも日本社会で広い意味で表現に携わる人々が、職業というより、好きでやっているんでしょ、困っても自己責任でしょ、みたいにとらえられている。こうしたイメージと不安定な地位・収入というのはリンクしていると思いますね。

コロナ禍で吉澤さんが面白いなと思った作品やプロジェクト、アート関係の動きってありましたか?
作品で面白かったものって何があったかなって考えたんですが、そもそも展覧会にあまり行けてないですね。でも、アート関係者の動きで興味深いものはいくつかあります。たとえば演劇や映画などは業界団体がありますが、美術分野ではこれまでそういったものがありませんでした。そんななか、美術への緊急対策要請を昨年の7月に呼びかけたArt for Allは重要だと思います。その後も実践的な勉強会やネットワークづくりを進めているようです。こういう試みは今までなかったので期待して見ています。

あとは、私はこれまでアート・文化領域の労働問題を調査する中で、ハラスメント問題にも直面してきたわけですが、幅広い表現分野のハラスメント実態調査を行なった「表現の現場調査団」の取り組みもとても重要だと思います(ハラスメント報告書2021)。ここでは「表現」と幅広くとって、美術だけでなくて文学、演劇、写真、演劇など文化全般を対象にしています。なので、美術分野に特有の話を考える時にも役に立つし、表現ということでジャンルを超えた横のつながり、視点をもてるという意味で、この広いくくりの量的調査はありがたいです。

またジェンダーという点で注目しているのはEGSA (芸術におけるジェンダー/セクシュアリティ教育の普及、啓発)という団体です。レクチャーを行ったりリーフレットを制作配布し、美術とジェンダーやハラスメント対策などの活動をしています。こういう組織が存在すること自体が心強いですよね。

そこから始めて欲しいですよね。
アート業界はこういう構造的な問題に対峙しないと本当に立ち行かないし、人も去っていく。間違いなくそういう時期に来たと思います。

そういった意味では、吉澤さんが[先述の団体等と]連携したりという可能性もありそうですね。そしてさらに、隠されていたことが明るみにでて…
そうですね。もう、うみを出すしかないところまで来てると思います。セクハラもパワハラも。ただ、申し立てた人だけにリスクを負わせるわけにはいかないので、#MeTooのように、さまざまなところで連携していかないとと思いますね。

喫緊の課題としてここ2年くらい、吉澤さんが現場で感じておられることですね。それはコロナ禍とどう関係していると思いますか?あんまり関係ないですか…
そうですね、非常事態になると、もともとの権力勾配とか、そこから生じる問題って先鋭化すると思うので、無関係ではないと思います。コロナで職を失っているのは女性が多いとか、DVなどの暴力被害を受ける女性の増加とか。アート業界でも主な被害者は女性や若手ですから、そういうことかなと思っています。ただお話ししたように、実態調査や告発といったリアクションも現れているので、連携して状況を変えていきたいです。

(2022/02/03 オンライン、聞き手:登)

吉澤弥生(よしざわやよい)
共立女子大学文芸学部教授・NPO法人地域文化に関する情報とプロジェクト[recip]理事。専門は芸術社会学。近著に「芸術労働者の権利と連帯」『未来のアートと倫理のために』(左右社、2021)、「アートマネジメントと、非物質的労働の価値」『芸術と労働』(水声社、2018)他。