こうした「マンガ展」の一般化により、近年では、ターゲットを特定の作品やマンガのファンにあえて限定せず、ひとつのテーマに沿ってさまざまな作品をキュレーションした「マンガの企画展」も受け入れられるようになりつつある。
そんな「マンガの企画展」のひとつとして、一般社団法人マンガナイトが企画制作、山内康裕がキュレーターに就いた「これも学習マンガだ!展〜私たちをとりまくセカイとミライ~」の事例を紹介する。
「学べるマンガ」を選ぶ――「これも学習マンガだ!~世界発見プロジェクト~」
「これも学習マンガだ!展~私たちをとりまくセカイとミライ〜」は、「マンガを通じて社会を想像する」きっかけを提供することを目指して企画された展示だ。
題材とするマンガ作品は、一般社団法人マンガナイトが主催するマンガの選書プロジェクト「これも学習マンガだ!~世界発見プロジェクト~」(以下「これも学習マンガだ!」)の選出作品からピックアップされている。
「これも学習マンガだ!」は、広い意味での「学び」につながるマンガ作品を、里中満智子氏が選書委員長を務める選書委員が合議によって選出し、その選書リストを国内外に届けるプロジェクト。日本財団の主催事業として2015年度に発足した(2020年度より一般社団法人マンガナイト主催、日本材罪助成事業として推進)。
マンガの持つ「楽しさ」「分かりやすさ」「共感力」に着目し、マンガを通じて「楽しみながら学ぶこと(=edutainment※)」を継続的に推進することを目指す。
※education(教育)+entertainment(娯楽)
「日本の歴史」などのいわゆる「学習漫画」ではなく、娯楽として楽しまれる一般のマンガから選書を行なうのが特徴で、『ブラック・ジャック』『ベルサイユのばら』『はだしのゲン』といった往年の名作から、『ちはやふる』『闇金ウシジマくん』『ゴールデンカムイ』といった近年の話題作まで、発表年代や出版社の枠にとらわれず、2020年度までに計250作品を選出した。
選出作品は「生命と世界」「生活」「戦争」「多様性」などの項目を含む独自の11ジャンルに分類し、各作品の「学び」につながるポイントを選書委員が解説した推薦コメントとともに、公式ウェブサイト上で公開している。
選書リストは書店や図書館、とりわけ学校図書館で参考にされる例が多く、リストを掲載したポスターや冊子は、のべ700か所以上の施設で展開されてきた。
2022年には「マンガと学び」の拠点として、東京都豊島区に読書空間「マンガピット」を日本財団助成でオープン。伝説のアパート「トキワ荘」があった街で、さらなる「edutainment」の推進に取り組んでいる。
【マンガ×学び】の歴史と現在を視覚的に体験する
「これも学習マンガだ!~私たちをとりまくセカイとミライ〜」は、その「マンガピット」も入居する施設・トキワ荘通り昭和レトロ館(豊島区立昭和歴史文化記念館)1階多目的室にて、2022年11月から2023年5月まで、全4会期にわたって豊島区主催の区制90周年記念事業で開催された。
展示のコンセプトは「マンガを通じて、私たちをとりまくセカイを学び未来を考える」。
通期エリアとして「マンガ×学び」の歴史的系譜の紹介、日本の歴史を扱った「これも学習マンガだ!」選出作品のコマを【時代】と【場所】の2軸でプロットした立体MAPの投影展示、選出作品から「人生の学び」に活きる名台詞を多数吊り下げたインスタレーション展示を展開。
「これも学習マンガだ!」選出250作品のコミックス1巻を手に取って読むことができる本棚、来場者が「私にとっての学習マンガ」を考える投票コーナーも参加型企画として好評を博した。
そして大きな目玉となったのが、会期ごとに設定したテーマに基づきピックアップされた作品の特集展示だ。
現実、未来、歴史を描くマンガが教えてくれること
特集展示では、第1期で『ゴルゴ13』、第2期で『宇宙兄弟』、第3期で『JIN‐仁‐』、第4期で『ハコヅメ〜交番女子の逆襲〜』をそれぞれ題材とした。
第1期『ゴルゴ13』特集では、実際に起こった紛争や事件を扱った作中エピソードを取り上げ、その場所をプロットしたワールドマップや、史実と作中描写の解説、『ゴルゴ13』の「学び」に活きるポイント解説を、複製原画展示を交えて展開。
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻、その影響で混乱する世界情勢を踏まえ、展示サブタイトルの「私たちをとりまくセカイとミライ」のうち「セカイ」に着目し、『ゴルゴ13』を通じて「価値観とアイデンティティの多様性に気づく」ことを促した。
続く第2期『宇宙兄弟』特集でキーワードとなったのは「ミライ」。
間近に迫った近未来である2025年以降の時代を舞台とする本作から、綿密な監修や取材のもとに描かれた、宇宙開発や新しいテクノロジーにまつわるリアルなエピソードをピックアップしている。
作中世界の近未来年表や解説テキストを複製原画、作者の小山宙哉氏コメントとともに展示し、SFマンガを読むことが、現実の近未来で私たちが直面する可能性がある社会課題と、その対処法のシミュレーションになり得ることを示した。
そして第3期『JIN‐仁‐』では「歴史上の『もしも』から学ぶ」をテーマに設定した。
現代の脳外科医が幕末日本にタイムスリップする物語の中で描かれる歴史上の出来事や、主人公が治療に臨む疾患を取り上げ、複製原画とあわせて解説。
監修として携わった医史学・先端医療・幕末史という異なる3分野の専門家、作者の村上
もとか氏のコメントも展示し、娯楽であるマンガに描かれた「歴史」に触れることが持つ意義を感じてもらうことを目指した。
フィナーレとなった第4期は、第1期スタート後の好評を受けての追加開催となったためやや毛色が異なるが、交番勤務の警察官を描く『ハコヅメ〜交番女子の逆襲〜』を題材に、実際の警視庁統計データや警察官の業務解説を複製原画とあわせて展示した。職業体験をストーリーとともに感じることができる体験を提供しただけでなく、データを血が通ったものとしてより認識できるようマンガを活用したいという企図もあった。
「マンガ」の、「マンガ展」の新たな可能性を提示する
21世紀を迎えて20年あまりが経過し、私たちは大きな変化の波にさらされている。
「多様な価値観」が尊重されるようになる一方で、氾濫する情報の内容や精度は混沌を極めていく。
自らの価値観でそれらの情報を取捨選択し、考え、判断し、行動することが求められる。
こうした社会の中で生き抜く力を身につけるには、従来の教育ではカバーしにくい領域の「学び」が必要になってくるだろう。
エンタテインメントとしてのマンガ作品には、そんな現代社会を生き抜くための知恵や知識が詰まっている。
たとえばアイデンティティの対立が引き起こす民族間の紛争や、まだまだ身近とはいえない宇宙での生活や、教科書で学んだ歴史上の出来事。
それらを多くの読者が娯楽として楽しめるよう、キャラクターの人物像を掘り下げ、ドラマチックなストーリーを与え、知識や情報の面では専門家が考証を行なう。
そうして生まれたマンガを読むことは、多様な価値観や社会課題を、さまざまな角度から「自分ごと」として受け止め、考えることを可能にさせる。
この企画展では、そうした「マンガの新たな可能性」を、社会に提示することができたと思っている。詳細の動画は特設サイトにて公開している。
その後、神奈川県立地球市民かながわプラザ(あーすぷらざ)では「これも学習マンガだ!展〜私たちをとりまくセカイとミライ~」の巡回展示が2024年8月25日まで開催された。
通期展示内容の一部および、『ゴルゴ13』『宇宙兄弟』の特集展示が展開された。
マンガを「学び」という新しい文脈で選び、さらに、いま「学ぶ」とはどういうことかを見せる展示として、展示内容はもちろん、「マンガ企画展」の新たな可能性にも触れていただければと思う。(構成:鈴木史恵)
【展示概要「これも学習マンガだ!展~私たちをとりまくセカイとミライ〜」】
会場:神奈川県立地球市民かながわプラザ(あーすぷらざ)3F企画展示室
〒247-0007 神奈川県横浜市栄区小菅ケ谷1-2-1 JR根岸線「本郷台」駅 徒歩3分
会期:2024年04月27日(土)〜2024年08月25日(日)※祝日除く月曜休館
開館時間:10:00~17:00(最終入場16:30)
入場料:[未就学児]無料/[小・中学生]100円/[高校生・学生・65歳以上の方・左記以外で20歳未満の方]200円/[大人]400円 ※5F常設展示室観覧券と共通
主催:神奈川県立地球市民かながわプラザ(指定管理者:公益社団法人青年海外協力協会)
企画制作:一般社団法人マンガナイト
協力:株式会社さいとう・プロダクション/株式会社コルク/有限会社里中プロダクション
【トークイベント「マンガが僕らにおしえてくれたこと」】
日時:2024年8月18日(日))14:00~15:00 ※13:30開場
会場:あーすぷらざ 5F 映像ホール
料金:常設展示室観覧料 ※3F企画展示室観覧券と共通
参加方法:WEB予約制(定員120名)
登壇者:
・今 秀生(こん ひでき)編集者・ライター
・橋本 欣宗(はしもと よしむね)株式会社コルク『宇宙兄弟』担当編集
・菊池 健(きくち たけし)(一社)MANGA総合研究所所長/マスケット合同会社代表
・山内 康裕(やまうち やすひろ)(一社)マンガナイト代表理事
一般社団法人マンガナイト 代表理事。1979年生まれ。法政大学イノベーションマネジメント研究科修了(MBA in accounting)。2009年、マンガを介したコミュニケーションを生み出すユニット「マンガナイト」を結成し、2020年に法人化し「マンガと学び」の普及推進事業や拠点営業(日本財団助成)等を展開。また、”マンガ”を事業領域とする企画会社レインボーバード合同会社代表社員を務め企画展制作事業を展開。一般財団法人さいとう・たかを劇画文化財団代表理事、一般社団法人MANGA総合研究所理事副所長、文化庁メディア芸術連携基盤等整備推進事業有識者タスクチーム員、東京工芸大学芸術学部マンガ学科非常勤講師 他を務める。共著に『『ONE PIECE』に学ぶ最強ビジネスチームの作り方』(集英社)、『人生と勉強に効く学べるマンガ100冊』(文藝春秋)など。