SPECIAL ISSUE
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vol.002 「マンガにかかわる」を再考する
「マンガにかかわる」を再考する
大津留香織
このたび、ウェブマガジン “-oid” の特集テーマを「マンガ」とし、関係する人々のインタビューやレポート記事、評論などをお届けすることになった。サブカルチャーであったマンガはアニメを通して世界に輸出され、今や日本の最も重要な文化産業であると捉えて差し支えない。いまだにハイカルチャーではないと把握されながら、大学における関連学科の設置、行政とのコラボレーション、専門博物館の開館など、マンガに関する動きは衰えることがないどころか、その社会や経済に対する影響は増すばかりである。
翻って、これらの活動が「おもしろいマンガ」を生み出すための影響力を持つのかについて、筆者は多少懐疑的である。上記の活動は、産業を活性化したりマンガ作品自体の保存を促進するかもしれないが、それらによって魅力ある作品ができるかどうかは別の話なのである。たとえば関連の博物館や大学を作ることによって、これからの漫画家たちの育成につながる、というような論は、簡単に覆すことができる。というのも、これまで世界を席巻した数々の作品は、上記のような施設がない中で生まれたのであるから、大学や博物館の設置と「優れた作家の育成」には、因果関係を確立することが本来難しいはずだ。それよりも、手塚治虫にならって世界名作童話を片っ端から読ませたり、藤子A/F不二雄にならって365日映画館に通える無料チケットを配ったり、松本零士にならって貧乏暮らしの中でミカン箱を机にさせたりした方が、作家の良い成長につながるという可能性も捨てきれないではないか。
もちろん筆者は、上記のような社会的な動きと素晴らしいマンガ作品の誕生が、まったく無関係であると思っているわけではない。特に、いつでも気軽に漫画や小説が読める施設は、マンガに出会い表現を蓄積するために小さくない影響があると予想している。しかし、たとえば小説ならば、大学や博物館の有無と関係なく、世界中で優れた作品が生み出され続けていることとおもうと、特に物語制作と社会インフラは、ほとんど関係がないような気がしてくる。
このような疑問が解決してないのは、そもそも優れたマンガ作品がどのように生まれるのか明らかにされていない(あるいは興味が持たれてない)という点にある。にもかかわらず、施設を作ることや企画をおこなうことが優先されている現状がある。マンガを描くのはある個人や集団であり、マンガイベントそのものが新しい作品を生み出すわけではないはずだ。この乖離は、マンガの内容自体や、マンガを描く、マンガを売る人、展示する人、といったそこに関わる当事者が、どのような存在なのか興味が持たれなかったことと関連している。
マンガ・アニメは一大産業であるが、物語の内容自体に興味を持つことは「オタク的」であり、数字にのみ注目することがスマートであるかのような“空気を感じる”ことが多々ある。もしピケティの展示ならば、美術館関係者がピケティに詳しいことは賞賛されることであるが、マンガに関しては「私は作品は全部読んでないんですがね」と未読であることのほうが社会人としてスマートであるかのような振る舞いに捉えられることがある。すなわちこれこそマンガ・アニメがサブカルチャーであるとされる所以であろう。「マンガは数字を持っている」ことは確かだが、一方でその数字への期待がひとり歩きし、創作の場を置き去りにしてはいないだろうか。
このことについて掘り下げるために、以下では台灣の国家漫画博物館(國家漫畫博物館)のオープニング記念式典のレポートを書いてみたいとおもう。これによって、行政がマンガを扱っている現場についてのひとつの事例として「展示すること」を考えてみたい。
vol.001 コロナ禍と協働的なアートのゆくえ
画像提供:The Archive of Public Protests, Digital Photo, 2020. Courtesy of Artists.登 久希子
2020年の年明けから徐々にくすぶりはじめた「コロナ禍」は春先までにはあっという間に世界中を混乱に陥れ、それぞれの日常的な計画や普段の生活を激変させてしまった。コロナ禍は終わったわけではなく、まだまだ今後を模索していく段階にある。だが、つくり手、鑑賞者、研究者を含めたアートの現場に関わる人たちの、およそ2年における経験をここで一度まとめて聞き、読み、考えてみることは今後の模索のプロセスのためにも重要だと思う。この特集では「協働」や「参加」が重要な意味をもつ作品やプロジェクトと関わりのあるアーティストや関係者が、コロナ禍をいかに生きてきたのか、コロナ禍を経て彼/彼女らの制作や世界の見方がどのように変化しているのか、その一端をインタヴューや寄稿を通して明らかにし、これからのアートをいかに語る/みる(*1)/研究していくのかについて考えていきたい。人やものとの物理的な接触を最小限に抑えることが推奨され、さまざまな実践がオンラインへと移行したなかで、他者との直接的で協働的な関わりを重要視してきたアートに、またそのようなアートとの関わり方に、コロナ禍はどのような影響や変化をもたらしたのだろうか。あるいは変わらなかったことは何なのだろうか。そんな問いに対する考察を深めるためにも、ここで書かれたり語られたりすることは多くの示唆を与えてくれるだろう。
vol.000 CONTENTS
最新号 「マンガにかかわる」を再考する
イラスト大津留香織
このたび、ウェブマガジン “-oid” の特集テーマを「マンガ」とし、関係する人々のインタビューやレポート記事、評論などをお届けすることになった。サブカルチャーであったマンガはアニメを通して世界に輸出され、今や日本の最も重要な文化産業であると捉えて差し支えない。いまだにハイカルチャーではないと把握されながら、大学における関連学科の設置、行政とのコラボレーション、専門博物館の開館など、マンガに関する動きは衰えることがないどころか、その社会や経済に対する影響は増すばかりである。
翻って、これらの活動が「おもしろいマンガ」を生み出すための影響力を持つのかについて、筆者は多少懐疑的である。上記の活動は、産業を活性化したりマンガ作品自体の保存を促進するかもしれないが、それらによって魅力ある作品ができるかどうかは別の話なのである。たとえば関連の博物館や大学を作ることによって、これからの漫画家たちの育成につながる、というような論は、簡単に覆すことができる。というのも、これまで世界を席巻した数々の作品は、上記のような施設がない中で生まれたのであるから、大学や博物館の設置と「優れた作家の育成」には、因果関係を確立することが本来難しいはずだ。それよりも、手塚治虫にならって世界名作童話を片っ端から読ませたり、藤子A/F不二雄にならって365日映画館に通える無料チケットを配ったり、松本零士にならって貧乏暮らしの中でミカン箱を机にさせたりした方が、作家の良い成長につながるという可能性も捨てきれないではないか。
もちろん筆者は、上記のような社会的な動きと素晴らしいマンガ作品の誕生が、まったく無関係であると思っているわけではない。特に、いつでも気軽に漫画や小説が読める施設は、マンガに出会い表現を蓄積するために小さくない影響があると予想している。しかし、たとえば小説ならば、大学や博物館の有無と関係なく、世界中で優れた作品が生み出され続けていることとおもうと、特に物語制作と社会インフラは、ほとんど関係がないような気がしてくる。
このような疑問が解決してないのは、そもそも優れたマンガ作品がどのように生まれるのか明らかにされていない(あるいは興味が持たれてない)という点にある。にもかかわらず、施設を作ることや企画をおこなうことが優先されている現状がある。マンガを描くのはある個人や集団であり、マンガイベントそのものが新しい作品を生み出すわけではないはずだ。この乖離は、マンガの内容自体や、マンガを描く、マンガを売る人、展示する人、といったそこに関わる当事者が、どのような存在なのか興味が持たれなかったことと関連している。
マンガ・アニメは一大産業であるが、物語の内容自体に興味を持つことは「オタク的」であり、数字にのみ注目することがスマートであるかのような“空気を感じる”ことが多々ある。もしピケティの展示ならば、美術館関係者がピケティに詳しいことは賞賛されることであるが、マンガに関しては「私は作品は全部読んでないんですがね」と未読であることのほうが社会人としてスマートであるかのような振る舞いに捉えられることがある。すなわちこれこそマンガ・アニメがサブカルチャーであるとされる所以であろう。「マンガは数字を持っている」ことは確かだが、一方でその数字への期待がひとり歩きし、創作の場を置き去りにしてはいないだろうか。
このことについて掘り下げるために、以下では台灣の国家漫画博物館(國家漫畫博物館)のオープニング記念式典のレポートを書いてみたいとおもう。これによって、行政がマンガを扱っている現場についてのひとつの事例として「展示すること」を考えてみたい。