外国にルーツを持つ人びとが多く暮らす、神奈川県川崎市の桜本地区。
この街では現在、住民が中心となって、「多文化共生をめざす歴史ミュージアム」をつくろうとする動きが起きています。
先月、その「スタートアップ集会」が地元の川崎教会で開催されました。


なぜ、この街で、多文化共生「歴史ミュージアム」なのか?

川崎・桜本という街は、日本の4大工業地帯のひとつ、京浜工業地帯に接しています。 そのため、戦前から工場やその周辺に労働者が集まり、彼らは京浜工業地帯の発展や、戦後の高度経済成長期を下支えしてきました。 そこには、多くの外国人労働者の姿もありました。

こうした歴史背景から、この街には在日コリアンをはじめとする「多文化」な状況が形成されていったといえます。 つまり、今回のミュージアム構想が掲げる「共生」(他者と共に生きる)という目標は、今日のように「共生」という言葉が注目されるより以前から、地域の人びとが向かい合ってきた課題でした。

「歴史ミュージアム」発起人代表の宋富子(ソン プジャ)さん(83)(写真1)は、集会で配られた「ミュージアムニュースレター」創刊号で、次のように述べています。

私たち(在日外国人)が数々の不条理に声をあげ闘って勝ち取ってきた権利の上に今日の生活が営まれているということ、それは「共に生きる」という理念があったからこそです。 私たちは今立っている地平にいることを記録し後代に継承していきたいと考えて出発しました。 地域の子どもたちが楽しく学ぶ場、地域の小中高校のゼミの場、外国にルーツをもつさまざまな人たちが気楽に集まり語り合う場、そんなステキなミュージアムにしたいです。
※(  )内は執筆者による

写真1 「歴史ミュージアム」設立に向けてそれぞれの想いを伝える。 右が設立委員会代表の宋富子さん。 (撮影:高橋典子さん)


「スタートアップ集会」:展示とパフォーマンス

「ミュージアムをつくろう!  スタートアップ集会」は、地元にゆかりのある川崎教会(大韓キリスト教会)の礼拝堂で開催されました。 実行委員会は2023年に立ち上がったばかりですが、当日の集会にはメディア報道の影響も相まって、100人を超える参加者が集まりました。

朝日新聞デジタル(2024年1月30日)より

集会は、展示セクションとパフォーマンスセクションの2つ。
展示セクションでは、東アジアの近現代史と照らし合わせながら、街の歴史を追うことができます(写真2・3)。

写真2 未来のための歴史パネル展。前日の設営風景。(撮影:橋本)

写真3 地元の研究会が作成した地域での活動年表を、パネルとして展示。「あなたの歴史を貼ってください!」参加者は自身の出来事をポストイットに書いて貼ってゆく。(撮影:鈴木江理子さん。本人Facebookより転載)

パフォーマンスセクションの前半では、在日コリアン女性の演じる一人芝居の映像が上映され、後半では、外国ルーツの二人のトーク、川崎出身のラッパーFUNIさんとのワークショップが開催されます。

ワークショップでは、自己紹介をはじめ、地域のこと、歴史のこと、ミュージアムへの想いなど、さまざまなテーマでグループトークを行います。 そしてトークで聞かれた言葉や話題を、FUNIさんがラップへと変えていきます(写真4)。

写真4 グループトークで発せられた言葉、地元ならではの「あるある」話題が、ラップの歌詞の素材となる。(写真:風巻浩さん。本人Facebookより転載)

集会の始めと終わりに演奏された、朝鮮半島の大衆芸能プンムルノリ。
会場の人びとも参加して、盛り上がりを見せます(写真5)。

写真5 集会を彩るプンムルノリ(撮影:高橋典子さん)

【みる】 🎞 オープニング  ダイジェスト映像  🎞  編集:田中)


「参加者の声」から見えてくるものは?

この街で「目覚めた」 -  いわゆる在日コリアン二世の宋富子さんは、同じく在日コリアン二世の男性と結婚し、奈良から川崎・桜本に移り住みました。 この街に来て、それまで周囲に告げることのなかった「本名(民族名)」を名乗るようになったと言います。

きっかけは、子どもが通っていた保育園での出会いでした。 この保育園を開設した亡き李仁夏さんは、国籍や障がいなどに関わらず、地域のすべての子どもたちを園に受け入れていたのです。

また地域には、似た境遇の女性たちが住んでいました。 話し合いを重ねるうち、「次世代のための歴史博物館を」という夢が芽生えたようです。 とくに1970年代以降には、この地域で在日外国人のための市民活動が盛んになりますが、積極的に参加した女性たちを見て、彼女たちはこの街で「目覚めた」のだという声も上がっています。

「やっぱりプンムルはいいね」 -  集会の後そう述べたのは、この街で生まれ育った女性。 プンムルは朝鮮半島の民衆芸能のこと。 在日コリアンが多く暮らすこの街のシンボルの一つです。

川崎・桜本の小学校では、各種イベントの際に子供たちがプンムルを演奏します。 また地域まちづくり活動の一環として行われてきた「日本のまつり」では、1990年から毎年、プンムル隊が街を練り歩く姿が風物詩となっています。 日本の地域に根づいた朝鮮半島の芸能ですが、この数年は高齢化の波にさらされ、またコロナ禍の影響を受けて中止されてきました。 最近になって少しずつ、街にプンムルの音が戻りつつあります。

「やっぱりプンムルはいいね。 久しぶりに聴けて感動した」。プンムルの音や姿を通して、今日までの道のり、この街の記憶が思い起こされるようでした。

写真6 集会には会場に入りきれないほど多くの人が集まった。(撮影:荻村哲朗さん)

在日コリアンだけでなく、中国、ブラジル、ペルーなど外国にルーツのある人たち、日本の人たちが「共に生きる」地域のあり方を体現しようとする川崎・桜本。 ミュージアム開設をめざす活動は、まだ始まったばかりです。

単なる記録としての歴史ではなく、未来に向けられる過去、未来に紡がれる現在へ。 この街で「歴史ミュージアム」がどのようにつくられていくのか、またこの日の集会が、どう未来に届けられるのかにも、注目したいところです。


【概要】
「多文化共生をめざす歴史ミュージアムをつくろう!  スタートアップ集会」
2024年2月17日(土)13:00- @在日大韓キリスト教会川崎教会 礼拝堂
(〒210-0833   神奈川県川崎市川崎区桜本1丁目8-22)

主催: 「多文化共生をめざす川崎歴史ミュージアム」設立委員会
協力: 社会福祉法人青丘社、大韓キリスト教会川崎教会、川崎市ふれあい館
パネル展示:川崎在日コリアン生活・文化・歴史研究会、未来のための歴史パネル展

(文:田中理恵子・橋本みゆき)
各資料の提供・掲載にご協力くださった方々に心より感謝申し上げます。