NPO 法人アーツイニシアティヴトウキョウ(以下AIT と表記)は、現代アートに関心を寄せるさまざまな人が学び、対話し、思考するプラットフォームづくりを目指して立ち上げられた非営利団体である。海外の文化機関と連携するレジデンス事業や、ワークショップ・展覧会などのキュレーション事業と合わせ、AIT の重要な柱のひとつが教育の場づくりだ。2001 年の立ち上げ以来、継続してきたMAD(Making ArtDifferent=アートを変えよう、違った角度で見てみよう)では、AIT のキュレーターやアート・マネージャーをはじめゲスト講師やアーティストが、同時代の世界やアートの現場に根差すテーマで語るレクチャー及びワークショップが展開されてきた。そして20 年を経た2021 年、環境問題や人権問題、世界的なパンデミックなど危機的な現状を踏まえ、「芸術をより複雑で感覚的で、これからの時代を生きる想像力を養う『道具(古代から人々が培ってきた智慧、思考実践)』として捉え、『分かり難さ』や『複雑さ』を共に議論し再考する」ことを通じてアートの豊さを発見するプログラムTAS(Total Arts Studies)にリニューアルがはかられた。社会人や学生、アーティストなど幅広い受講者が集まってきた開かれた学びの場は、今どのように変わりつつあるのだろうか。そしてその変化は、同時代のアートや社会のいかなる諸相を示しているのだろうか。AIT キュレーターでTAS のオンライン講座を担当する堀内奈穂子氏にお話しを伺った。

MADの転機:フェンバーガーハウスの設立

MADの転機のひとつとして、立ち上げメンバーであり、プログラムディレクターのロジャー・マクドナルド氏が長野県佐久市に拠点を移し、フェンバーガーハウス(私設美術館、アートセンター)をオープンしたことが挙げられると思います。

2011年以降のMADのプログラムの変化について教えていただけますか?
大学院で神秘宗教学(禅やサイケデリック文化)の研究を経て美術理論を学んだロジャーは、長野に行ってから、どのように身体を解放することで、芸術体験のあり方が変化するのかに関心の焦点が移っていったんです。1970年代のヒッピーカルチャーのように、光やマインドマシンなどの体験で変性意識状態を作り芸術を体験することで開かれる感覚や宇宙意識などに関心が広がっていって個人美術館を作りました。

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長野でロジャー・マクドナルドが主宰するフェンバーガー・ハウス外観
Photo Credit: photo by Keizo Kioku

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長野のフェンバーガー・ハウスの横に併設されたドーム
Photo Credit: photo by Rika Fujii

これまでのMAD は代官山のAIT ルームに集まって、講師と受講生の垣根はないと言いつつ座学がメインだったんですが、ロジャーがフェンバーガーハウスを拠点とすることで、より経験や体験に基づくワークショップ形式の学びを重んじるようになりました。自然を感じながら瞑想体験をして、気候危機の話を聞きながら外を眺めれば緑があって・・・と思考や想像が繋がっていく体験型プログラムも生まれました。松澤宥(長野県諏訪郡を拠点に活動したコンセプチュアル・アーティスト1922-2006)が「プサイの部屋」で制作活動を行っていたように、長野はアニミズムや縄文などの古代文化と芸術をつなげて考える下地があるところで、その影響もある。
ロジャーが多津衛民藝館でやっている気候危機とアートのレクチャーには高齢者や民藝の研究者など必ずしもアートに関心のある人ばかりが集まるわけではありませんが、みんなアートの話しに「?」ってなるんだけど「そういえばここ数年、以前とは違うものが畑で育つようになった」とか、生活体験の経験値として持っている違和感とレクチャーの内容がつながることがあるんです。ロジャーはそれを「隙間」と言います。アートについてはよくわからないけど、どこかでゆるく経験や知識がつながる、そういう新たなつながりの面白さを地元で感じていて、「より芸術を総合的に考えて学びを行う」というプログラムの方向性やTASの新たなコンセプトにも生かされていますね。

ビジネスニーズと企業連携プログラム

座学メインの頃と比べて、参加者の顔ぶれは変わってきましたか?
アートに対する学びのニーズが大きく変化してきてますね。兼松さんが受講してた頃(2009〜2011年頃)は、研究者もいれば、美術館によく行くアートファンとか留学したい人、アートの仕事に就きたい人とかが多かったのが、この5年間でビジネスマンがすごく増えました。企業がただ物を売る時代から、より消費者の体験を豊かなものにしたり、先の見えない中で芸術の感覚みたいなものに頼らざるをえないという状況なのかもしれないですね。ジェンダーバランスもここ数年、男性の比率がすごく高くなってきています。MADやフェンバーガーハウスで企業プログラムのヒントをもらったという方もいました。

日本だとビジネスとアートは、アートマーケットとのつながりで注目されてきた部分と、企業価値自体の見直しや社会貢献においてアートに着目する流れがあったかと思います。AITはマネックス証券とのプロジェクト(ART IN OFFICE)や、三菱商事のアート・ゲート・プログラムに関わっていますね。企業におけるアートの位置付けに変化はあるのでしょうか?
これまでの企業の芸術文化プログラムはアートアワード形式も多く、そこでは賞金の額がどれくらい多いかが企業の発信力になっていたこともあったと思いますが、ここ数年は、企業も気候危機やSDGsなど社会課題に取りかからなければならない中で、テーマ性のあるアートプログラムを増やしたいという意識に変化しています。今お付き合いのある企業の中には、表層的なSDGsの理解ではなく、より深く社会課題と結びつけながら学んで体験したいから、アートの視点からそれらを考えることが大事なんじゃないかと考えている担当者が増えてきましたね。また、AITがそうした企業と関わる上で、やはりアートの学びを企画に取り入れることを推奨しています。そうした、提案への理解も前よりは深まってきました。

アーティストの思いや企業の思惑に対する疑念などとぶつかることもあるのでは?
企業とプログラムを行う上で、私たちの役割の一つはメディエーターだと思っています。アーティストの言葉を翻訳して企業の担当者に伝えると同時に、企業が求めていることをアーティストに手渡していく。アーティストも企業プログラムに参加する上で、言葉の構築の仕方を学ぶべきではないかと思っているので、そうした点は伝えつつ、作品制作や展覧会ではなるべく作家が自由に考えて決定できる状況を確保するようにしています。例えば、2021年のリニューアルからAITがプログラムアドバイザーとして関わる「三菱商事アートゲートプログラム」には、これまでなかったラーニングやメンタリングなどの学びを入れました。特に、美術大学を卒業した後や、ある程度キャリアのあるアーティストの中には、作品の課題について意見してくれる人が少なくなってきて一人で悩んでいるケースもあります。キュレーターで構成される選考委員に批評性を持ってメンタリングしてもらうことで、もう一段突き抜けるためのアドバイスを得られるようにしました。

企業側の人材研修の考え方も変化してきています。近年は、ロジャーと私で企業人向けのオンライン鑑賞プログラムのワークショップをやってるんです。コロナ禍のためオンラインで実施することが多いので、直接美術館に訪問して行う鑑賞プログラムは難しいのですが、オンラインの利点として、作品画像を高解像度でしっかり見られるGoogle Arts&Cultureの中から作品を選んで鑑賞するなどの工夫をしています。鑑賞の流れとしては、最初はなるべく作品の前情報がない状態で作品を見て、参加者に感想を書き留めてもらう。それを参加者同士で共有した上で、最後に作品の時代背景や、現代の社会問題や会社側が持っているミッションにつながる批評性などについて話をします。時間も1時間程度と短いので、会社員が就労時間内に参加できるし、ワークショップを通じてお互いの知らなかった考え方や感じ方を知ることができて、参加者の方々からも良い体験だったという声をいただいています。

オンラインコンテンツや学びの環境変化

E-MAD(vimeoでの美術史講座)発足以降のプログラムや受講者のニーズの変化について教えていただけますか?
E-MADは2011年に開始したオンラインの講座で、今のzoom文化が始まる10年以上前に始まりました。当時、それなりに受講生の登録があり、特に東京まで通えなかった人や決まった時間に講座を受講できない人には便利でしたが、現在のようにコロナ禍による移動制限がない中で、オンラインで受講することの利点がまだ少なかったため、同じ方法では継続しませんでした。そこで、当初は有料だったE-MADを、アートを学びたいあらゆる人が受講できる可能性を広げるためと、私たちの学びに対する哲学を発信するため、一部のオンラインコンテンツを無料解放することにしたんです。
ちょうど10年くらい前から、いわゆるアートスクールがすごい増えてきた時代でもあります。東京都文化発信プロジェクトのほか、特にアートマネージャーやアートプロデューサーの人材育成に積極的に取り組む企画が始まった。芸術祭や国際展でも作品理解を深める学びの場としてスクールを開講する流れが広がってきました。行政主導で無料で参加できるものが増える中で、私たちも、無料のものを一部作るという考えに至ったのもあると思います。

こうした動向を受け、改めて学びの場としてのAITの位置付けやプログラムにどのような変化がありましたか?
ここ5年くらいでMADは芸術を福祉、医療などとの分野とともに考え始めたり、ホリスティックな概念と繋げるカリキュラムに変化してきました。そして、2020年からは私たちの生き方や世界との関わり方をもっと広くみるトータルアーツスタディーズ(TAS)に移行し、その理念を表すためにMADから名称も変更しました。TASでは、いわゆるビジュアルアートだけじゃなく、工芸や音楽・舞台などあらゆる表現も含まれるよう、「アーツ」も複数形にしました。「トータルアート」という言葉は、エイドリアン・ヘンリーAdrian Henri (1932–2000)が1970年代のエコロジー運動や政治、パフォーマンス、コンセプチュアルなアートの流れをまとめている本”Total Art: Environments, Happenings, and Performance “(1974)に由来します。「アーツ」と複数形にすることで、その多様性や包括性を強調しました。
遡れば音楽家のワーグナーが提唱した「総合芸術」の概念、音楽・舞台・芸術などを全て繋げて考えていく思考のように、私たちが今向き合わなければならないさまざまな社会課題を今まで以上に多分野と結びつけて考える必要がある。そこで、TASでは、あんまりユーザーフレンドリーになりすぎず、私たちが今、考えたいこと、複合的なところを目指すのが自分たちらしいと考えています。なので、ニッチな講座のため、まだ受講生がたくさんいるわけでは無いんですよ(笑)

TASはファミレスみたいに好きなもの選ぶというより、うちはこのコースのみです、というようなこだわりが見えるプログラムですね。堀内さんの「芸術から眺めるこども、こころ、せかい」というコースの背景を教えてください。

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dear Meによる子どもたちのワークショップ
和田昌宏「セイタイさんとわたし」絵本表紙と展示風景(Photo by Yukiko Koshima)

背景には、2016年にAITが新しく始めた「dear Me」プロジェクトがあります。これは元々私と藤井理花(AITスタッフ)が個人的に児童養護施設でボランティアをしていて、いろんな子どもたちに会ったことが契機です。そこで分かったのが、もちろん施設によっても違いがあると思いますが、通常、施設の職員の方々は、お風呂やご飯、学校のことなど子どもの生活の基本的なサポートで非常に忙しい毎日を過ごしています。そのため、例えば、絵本を読んだり、遊んだり、美術館にいくとか、情緒を育む活動などにまで手が回らないこともある。そこで、ボランティア団体が子どもたちの遊びを企画する活動をしていました。その中で、AITに関わりのあるアーティストを呼んでワークショップをやったら、子どものあらゆる個性が発見できる機会がありました。そこで、これまでMADで培ってきた学びや国内外のアーティストとの関係性を活用して、子どもたちとのアートを通した学びの場が作れるのではないかと考え、dear Meを立ち上げました。

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dear Meによる子どもたちのワークショップ
川村亘平斎と子どもたち《二葉天狗とおおぐい海獣》
オリジナル影絵パフォーマンスwith AFRA

アートを介することで、学校には馴染めなかったり、生活の中ではトラブルを起こすことがある子どもたちも、表現活動やアーティストとの関わりの中で、普段、子どもたちの様子をみている職員さんたちも知らなかった違う表情や技能が見えてきたんです。また、統計によると、児童養護施設にくる子の9割くらいは虐待やネグレクトなどの経験があると言われていたり、多様な子どもの中には、発達障害や精神疾患などの個性をもつ子どもたちもいます。
アートの学びによって子どもたちが変化する一方で、子どもを取り囲む社会課題、虐待、その原因である日本の女性の圧倒的生きづらさやジャンダーギャップ、孤独や孤立、メンタルヘルスなどの問題も見えてきました。より学びを広げようと、福祉や医療などの専門家と一緒にアートを考える大人向けの学びの場も取り入れるようになりました。
近年、海外の美術館では「アート処方」のようにメンタルヘルスと医療と芸術体験を結ぶ実践が生まれているし、WHOも芸術体験が心や体の健康にいかに作用するかを伝えるレポートを出しました。コロナ禍でより深刻になっている心の問題に対して、医療とは違うオルタナティブな治療は、医療費削減の観点から経済効果もあるとの指摘もある。芸術家と子どもの影響関係や、過去の実験的な教育の歴史を改めて見返し、それらの分野と繋げて考えることで今の教育に生かすヒントを探るプログラムを作っているところです。

今年から始めたTASプレミアが今までと違うのは、これまでのような1~2時間のレクチャーではなく、20分程度のオンラインレクチャー(動画)6つで1つのシリーズが成立しているところ。時間が無い人でも受講できるような工夫をしています。
今後、TASプレミアのシリーズは約2年オンラインで視聴できるような仕組みにしています。そのため、その時々に見つけた人が受講できるようにしつつ、2022年夏以降は、コロナの状況を見極めながら、少しずつ長野のフェンバーガーハウスなどで緩やかに人と会ってできるプログラムも再開できるかなという話をしています。

コロナ禍の対応について

コロナ禍が始まった当初の対応や状況はいかがでしたか?
偶然にも、コロナがちょうど始まる前年にMADのカリキュラムや方法を大きく変更しようというアイディアが出ていました。これまでの座学ベースのMADはやめ、ワークショップなど体験型に切り替える方向を検討していたので、コロナによってあたふたしてプログラムを切り替える必要のない絶妙なタイミングだったのが幸いでした。そのため、2020年はまず、今のTASプレミアにつながることをリアルタイムのzoomで2回くらい実験的にやってみました。

本来なら対応に迫られるところ、穏やかに切り替えられたんですね。アーティストインレジデンスについてはいかがでしたか?
世界中そうだったと思いますが、レジデンスプログラムはアーティストの渡航ができないことにより、大きな方向転換をする必要がありました。AITは毎年、オランダのモンドリアン財団とスウェーデンの文化財団IASPIS(イアスピス)から必ず各1名アーティストを受け入れるほか、2020年はフィンランドから受け入れるアーティストも決まっていたんですけど軒並み中止になって、一部のプログラムはいまだに持ち越しています。一方で、毎年申請していた文化庁の助成金は、プログラムをオンライン実施で行っても構わないという意向もあり、初のオンラインレジデンスを実施しました。そこで、テクノロジーやアートとデザインを組み合わせて実践を行うオランダのバルタン・ラボラトリーズという団体とパートナーシップを組んで、オンライン上で作品を展開している内田聖良さんと、オランダのティルサ・フェルドマンという若手作家を選出しました。二人ともフェミニズムやケアに関心を持っていたので、アーティストの嶋田美子さんや、ケアと経済について考えているオランダの研究者を呼んでオンラインで勉強会をしたり、Miro(オンラインのホワイトボード)で作品を展開して意見交換する場を設けました。また、オンラインだけだとどうしても質感や肌感がなくなってしまうので、アーティストたちが作品にまつわるお気に入りのオブジェを送り合うことで、お互いの考えていることやスケール感を理解するという実験的な取り組みもしました。

アーティストインレジデンスに関するディスカッション(IN AND OUT OF THE SCENE)で、レジデンスのニーズが非日常から日常に移行しつつある中で、オンラインは代替物ではなく新たな選択肢となりうるという話がありました。コロナ禍は、なぜわざわざ移動して制作していたのかというレジデンスの本質を考え直す機会になったのではないでしょうか?
おっしゃる通り、コロナがなくなってアーティストの渡航が再び可能になってもオンラインは可能性として残しておいていいと思っています。アーティスト、例えば特に女性は、生活や家族構成が変化する中で、子供や家族と一緒にレジデンスプログラムに参加したいと希望しても予算などの制約で叶わないこともあります。オンラインは今まで諦めていた作家にとって参加しやすいというメリットがあります。
また、移動ができるようになったからといって、今までのように飛行機を使って移動するだけではなくて、違う方法を考えるチャンスなんじゃないかとも思っています。コロナ前、気候変動の危機意識が強いスウェーデンのアーティストが、飛行機を使わずシベリア鉄道を乗り継いで日本まで移動したんです。3ヶ月のレジデンスの期間の1ヶ月近くがその往復で消えちゃうんですけど、スウェーデンの文化財団では飛行機を使わない作家に追加予算の補助があるなど、気候危機への意識が高いということが伝わってきました。こうしたサポート体制が国としてできているのは素晴らしいし、日本側も今後、もっと意識的に工夫できるんじゃないかと思っています。

レジデンスに付随する一般向けのイベントや学びの場への影響はいかがですか?
オンラインなどの活用により、これまで渡航や滞在費に使っていた費用を転用する形で、レジデンスプログラムに参加するアーティスト以外にも、現地の研究者に声をかけてレクチャーをしてもらう選択肢が広がったので、次年度以降も作品や人の交換だけでなく、情報や知識をオンラインでどのように循環できるか試してみたいですね。

オンラインワークショップの工夫と限界

オンラインとリアルを組み合わせたワークショップ「Unmatched Bodies ズレる身体」では、体験にフォーカスする学びの観点
が生かされているかと思います。オンラインとリアルを組み合わせたワークショップの良さや限界などについて教えていただけますか?

これは前年(2019年度)に始まった、中国の広州にある時代美術館との交換レジデンスプログラムの一環の企画です。公募した中から選出された中国のアーティストでダンサーのアーガオは、プログラム期間中、東京と、ユニークな精神疾患の人たちの当事者研究で有名な北海道の「ベてるの家」に滞在しました。ベてるの家では、そこに関わる統合失調症などを持ったメンバーとともにアーティストが生活や彼らがやっている当事者研究などの活動に関わりながら、メンバーの気持ちや記憶を身体で表現する試みを行いました。そうした時代美術館とのレジデンスプログラムの一環で、次の年度は日本からプロダンサーでコレオグラファーのアオキ裕キさんと路上生活経験者たちで構成されたダンスカンパニーの新人Hソケリッサ!さんを中国に送り出すタイミングだったのですが、コロナで渡航ができませんでした。そこで、時代美術館のキュレーターと協議して「Unmatched Bodies」というオンラインワークショップをやることに決めたんです。

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レジデンス・プログラムで、中国のアーティストでダンサーのアーガオが北海道浦河の
「べてるの家」に滞在し、メンバーと共に行った身体表現のワークショップ

アオキさんは当初、実際に中国に滞在できた場合、関心を寄せていた広州のストリートで路上生活者の人たちに会ったり、肉体労働をしている人たちの身体の動きを見たいという希望がありました。そうしたことはかなわなかったのですが、現地のストリートの映像を送ってもらうなどの視覚情報を元にアイディアを考えました。ワークショップでは、中国と日本から参加者を募りました。中国側は美術館の監視スタッフのほか、近隣で参加を希望する親子などいわゆるアートの鑑賞者じゃない多様な人々が集まりました。日本側はソケリッサのメンバーと一部関係者、ベてるのメンバーに入ってもらってワークショップをしたんですね。お互いが初めて出会う中で、オンラインの難しさも感じていましたが、大事だったのが、なるべく言語を介さないやり方を考えたこと。言語が入ると通訳を介してしまうため、関係性が生まれにくいので、ソケリッサの得意分野を生かして、日中で共通する漢字を1字選んで連想するイメージをお互いダンスで表すとか、中国の参加者がやった動きを日本の参加者が真似するなどの方法をとりました。全く初めて会う人たちなのに連帯感が生まれて、当初考えていたよりもはるかに上手くいったと思います。
ただ、一方で、オンラインで実施する課題もあるかと思います。例えば、精神医療施設にアーティストが滞在して制作や交流プログラムを行うオランダの団体Fifth Seasonのキュレーターに話を聞く機会があった時は、精神疾患をもつ人にとっては、画面を介してアーティストに会う感覚の捉えられなさや怖さが拭え無いこともあり、そうしたオンラインの難しさも指摘していました。

もう一つオンラインワークショップの中で手応えがあったのが、植物や水の変化など自然現象をテクノロジーと組み合わせて体感できる作品を制作している三原聡一郎さんを招いて行った子ども向けのワークショップです。ここでは、フレーベルの恩物にならって三原さんに実験キットを作ってもらいました。その中には匂いを体験できるハーブや、風で動く帆などが入っていて、それを参加する子どもたちに事前に送っておきました。子どもたちは当日オンラインで話を聞いたり対話を行いながら、手元ではキットを使って実験ができるため、オフラインに近い体験ができて、最後まで集中して質問も止まらず、好評でした。その後、こうした試みを寄付講座として支援したいと提案してくれた企業があって、次回は、これまでdear Meに参加してくれた子どもたちや児童支援施設を通して招待した子どもたちを無料で招待する形で実施する予定です。

今後の展望

最後に改めて、堀内さんご自身の関心や今後の展望についてお聞かせください。
個人的にはdear Meのプロジェクトを始めてさまざまな児童支援団体の活動を知ったり、児童養護施設の子どもたちと出会ったことがきっかけで、これまで以上に子どもの虐待に関するニュースに意識的になったり、生きにくさなどの課題を考えるようになりました。そうしたことの中で、アートを通した体験や学びにはまだまだ出来ることがある気がしています。子どもたちにとって本来は当たり前のはずの自由に考え・表現できる場や人と違う技能をひらくという機会に偏りがある中で、例えば、既存の教育制度や医療プログラムと協働してアートの手法を組み込んでいくような工夫ができるといいなと考えているんです。
それにはアートがどのように身体や精神の幸福度に作用するか、そうした検証やエビデンスが必要だと考えています。子どもが参加したことで実際にどんな心の変化があったのか、脳や身体に何が起こっているのかなど、児童福祉の専門家や児童心理学の先生とつながって検証することで、教育現場に働きかけていくことまでできたらいいなと考えています。

学校の教育現場や児童養護施設にアーティストと共に入り込んだり、企業との連携や社員研修など、すでにある社会の様々な組織や場に出向いて、今までのノウハウを生かした学びを提供するという活動の広がり方が特徴的だと思いました。学びの場を代官山のAITという場所に紐づけて集約するのではなく、プログラムやコンテンツとして手渡していくというような方向性と理解すれば良いでしょうか?

そうですね、学びの仕組みや場所については、代官山のAITルームだけでは物理的にも限られています。また、自分たちだけでやることの限界があるので、AITでコンテンツは考えながらも、シンクタンクや企業と組んで、もう少し大きい発信力を持つことも必要だと考えています。そのため、今後もどのような団体や個人と協働していくかというのが重要ですが、なかなか難しいところもありますね(笑)。

アーティストや子供たち企業など、ちょっとずつ必要な知識やコミュニケーションのあり方が違う企画に幅広く対応されていてすごいですね(笑)
そうした試みは楽しいところではあるけど、学びは変化を見るまでに時間がかかるなあって思います。でもまあそういうもんですよね、教育って(笑)。

学びによる変化を検証する素材集めも難しいところですね。
難しいですね。例えばdear Meプロジェクトでは同じ項目のアンケートを事前事後にとって変化をみたり、プログラムに参加した子どもたちの変化に関する追跡調査をしようとしていますが、アンケートのみだと、返答する側も主催者の期待に応えようとしてくれる部分も出てきてしまいます。そのため、アンケートのみではなく、主観的ではありますが、目で見てその人がどう変わったか、そうした変化をこまめに記録していくことでプログラムの検証にも繋げていきたいと思っています。dear Meの活動を最初から見てくださっているサポーターやプログラムに立ち会ってくれた研究者や現場の専門家のアドバイスも引き続き生かしていこうと思っています。

(2022年2月12日オンラインにて、聞き手:兼松芽永)