2021年からクラシック音楽家を中心に、まちなかで新たな表現の可能性を求めて活動するアーティスト・コレクティブ「あちらこちら」。北千住・谷中の古民家や新横浜駅前公園でのパフォーマンスをへて、活動3年目を迎える今年10月、2日にわたり2カ所の銭湯を舞台とするパフォーマンスを行いました。
企画構成を担当する篠原美奈さんは、「日常空間で音楽をやりたい」との想いでグループを結成した当初から、銭湯という空間に惹かれてきたといいます。今回の舞台のひとつ北千住タカラ湯の店主・松本康一さんを公演に招待したり、現地に出向いて直接交渉し、自主公演の実現に向けて制作を進めてきました。ヴァイオリンを担当する北澤華蓮さんは「企画を聞くまで、銭湯でイベントができるなんて想像もしてなかった」ものの、お湯に浸かるという場所としての目的がはっきりとしている銭湯にはキャッチーなイメージがあり、音のよく響く広い浴場で演奏することにも魅力を感じたといいます。
オープン前や定休日に現場でリハーサルを重ねて迎えた初日10月20日。
私は北千住駅からGoogle mapをたよりに賑やかな飲食街の先へと続く暗がりの細路地を辿って、夜の部が始まる20分ほど前にタカラ湯の正面玄関に到着。法被をきたスタッフに出迎えられ、番台で受付を済ませてさっそく「キングオブ庭園」として名高いと聞く縁側に向かいました。
昭和2年の創業以来、湯上がりの語らいの場となってきた腰掛けは、軒下の行燈の灯りをうつして暖かにつやめき、池には錦鯉たちがゆったりと泳いでいます。しばらくすると近所の子供とお母さんたちがやってきて、賑やかなおしゃべりや笑い声が響く中、プログラムを読みつつ浴場の富士山や地獄絵を眺めて開始を待ちました。
従業員6名が準備を進めるさなか、今回初参加となる番頭役の西垣秀彦さんが「さぁ皆さん、タカラ湯名物のケロリン大合奏の時間だよ〜」と声をかけると、思い思いに過ごしていた25名のお客さんが男湯に集結。
デッキブラシでリズミカルに浴室を磨き、手桶を鳴らす従業員たちによるにぎやかな「ケロリン大合奏」(中村みちる作)のはじまり始まり。絶妙な間合いで軽快な音を響かせ床を滑っていく黄色いケロリン桶。小さな子は脱衣所で手を叩き、子供も大人も風呂椅子に座りながら体を揺らしてリズムに合わせ、ワクワクの輪がどんどん広がっていきました。盛り上がりが加速したところで大きなケロリンピラミッドが完成!
拍手を受けながら、従業員の面々は浴室裏手の控室や脱衣所、女湯の方へと散っていき、そこかしこから箏やヴァイオリン、コントラバスなどの調弦の音色が響きはじめます。私を含め、集まったお客さんたちは「何が始まるのかな」「どこで待ってたらいいのかな」と、ちょっと戸惑い気味にうろうろ歩き回りながら過ごしました。男湯と女湯を隔てる壁越しに、あるいは開け放たれた浴室や脱衣所の扉を通って、色々な音が近く遠く跳ね回って溶け合ったり、夜空へと吸い込まれていったり。奏でる場所や人、楽器それぞれの個性が引き立ち、その広がりに「タカラ湯」という場所の輪郭を肌で感じたひとときでした。
従業員に呼び込まれて女湯の真ん中にちょこんと座った3人の子供たち。肩にかかった紺色の手ぬぐいが「三助さん」をお願いした証です。鍵盤ハーモニカ、コントラバス、ヴァイオリンと3人の三助さんが順番に背後に立ち、のびのびした豊かな演奏の「掛け流し」でおもてなし。脱衣所にいた私たちよりも、びりびりと身体を揺すられただろう子供たちは、鏡越しだけでなくチラチラ後ろを垣間見ながら、やや緊張した面持ちで演奏を味わっていました。
ふたたび男湯側から大柳綾香さん(声楽・メゾソプラノ)の歌声が響き始め、鈴木泉芳さんの箏、北島友心さん(打楽器)のリズム、中村みちるさんの鍵盤ハーモニカ、水野翔子さんのコントラバス、北澤華蓮さんのヴァイオリンが三々五々重なっていきます。すっかり場の雰囲気に馴染んできた私たちは、気持ちがほぐれて思うがまま動き回れるようになっていて、近くの人とおしゃべりしたり、縁側にでて遠巻きに演奏を楽しんだりして過ごしました。
最後は従業員全員による「おふろでうたじまん」(中村みちる作)。西垣さんが「湧い〜た沸いた〜あちら〜こ〜ち〜ら〜」と朗々と長唄を響かせ始めると、大柳さんの張りと伸びのあるうたごえが倍音のように新たな響きを育み、演奏やリズムと共にタカラ湯全体を満たして迎えた大団円。興奮冷めやらぬまま脱衣所から縁側へと移動し、ケロリン桶を手渡された子供たちとヴァイオリン・コントラバス・箏による即興演奏が始まりました。最初は戸惑っていた子も桶の底を叩くうちどんどんのってきて、取り囲む大人たちもにっこり。大きな拍手と涼やかな秋風に包まれながら、初日の公演は幕を下ろしました。
実は当初、2022年2月の開催を予定していた本公演。緊急事態宣言の発令を受け、「何かあったら全国の銭湯に迷惑をかけてしまう」と心配する店主松本さんと相談し、やむをえず中止してから1年半を経てようやく実現したのでした。
北澤さんは「リハーサルを終えて外に出ると、開店を待つ人たちが気さくに声をかけて興味を持ってくれたり、タカラ湯や電気湯に集まる人のあたたかさや場のエネルギー、厚みみたいなものにすごく力を貸してもらった。裸でお湯に浸かる場所だから身体と空間の境界が曖昧で、自然と集まる人もオープンになるのかもしれないなと、2日間のパフォーマンスを終えて改めて思った」といいます。
墨田区京島にある電気湯では、終演後、縁側の代わりに向かい側の公園で演奏し、その音に惹かれた近所の方々が夜の部に駆けつけてくれたとのこと。縁側や屋外で演奏できたのも、「前日に店主がメンバーと一緒にご近所に挨拶回りをしてくれたり、『お代は自分が出すからおいでよ』と気前よく声をかけてくれたから」(篠原さん)でした。本番を重ねるにつれて、演者同士だけでなく、集まった人との間合いやコミュニケーションがうまくとれるようになり、最後はお客さんもケロリン桶で合奏(「おふろでうたじまん」)に参加してもらえるまでになりました。
北澤さんは「学生の時はあくまでも『クラシック音楽』にこだわり、ヴァイオリニストとしてコンサートホール以外の場所での演奏会やイベントに参加するのは、多くの人にクラシック音楽に触れてもらうため、あるいはホールでのコンサートの集客に繋げるためという意識が強かったけれど、今はパフォーマンスそのものを楽しんでもらうなかで少しでも音楽や演奏に興味をもってもらえればいい」という風にスタンスが変わってきました。
篠原さん、北澤さんの二人にとっては、実験の場である「あちらこちら」の活動に加え、夏にインドネシアのジョグジャカルタでASP(Art Support Project)のレジデンスプログラムに参加した体験も大きな転機となりました。クラシックとポピュラーミュージック・民族音楽などが地続きで、巧拙問わずたくさんのパフォーマーが路上で音を奏でるジョグジャカルタのまちやそこで生きる人々と出会い、改めてクラシックを中心に教える日本の音楽教育の歪さや音楽を取り巻く環境の違いを実感することになったからです。
一方で「あちらこちら」は、場所やコミュニティの手触りを感じとることが下町に比べて難しいオフィス街丸の内/有楽町エリアでの活動も控えています。下町の古民家や銭湯、インドネシアのストリートでの出会いや目の当たりした光景、刻まれた音の感触をふり返りながら、また新たに出会う場やメンバー同士のセッションを重ねて、今後どのようなパフォーマンスが展開されていくのか楽しみです。
【実施概要】あちらこちら in 銭湯
2023年10月20日(金)15:00~/19:00~@タカラ湯(足立区千住元町27-1)
2023年10月21日(土)15:00~/19:00~@電気湯(墨田区京島3丁目10-10)
【メンバー】
大柳綾香(声楽 メゾソプラノ)⻄垣秀彦(⻑唄・朗読)北澤華蓮(ヴァイオリン)
水野翔子(コントラバス)鈴木泉芳(箏)北島友心(打楽器)中村みちる(作曲・鍵盤ハーモニカ)
岩上涼花(ビジュアルデザイン) 篠原美奈(企画制作・構成)
主催:あちらこちら
助成:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京[スタートアップ助成]
協力:タカラ湯、電気湯
【ダイジェストムービー】 ※2024年1月6日追加
(文:兼松芽永)